砂本直樹氏　 CMA　 CIIA　

富国生命保険相互会社　チーフアクチュアリー　取締役執行役員

砂本さんは、2023年６月にシドニーで開催された４年に１度開催される国際アクチュアリー会議において、世界各国から応募された論文のうち、執筆された論文「A Study on Regime Shift in Stock Market during the Pandemic」がInvestment, Wealth, Finance and Banking部門の最優秀論文に選ばれるという快挙を成し遂げられました。（以下敬称省略）

1.世界中のアクチュアリーたちとの議論で閃いた、論文のネタ

【司会】　
現在のお仕事内容をお聞かせください。

【砂本】　
取締役執行役員として、収益管理とリスク管理を担当しています。保険事業は、お客さまのリスクを引き受けて安心をご提供する事業です。生命保険のご契約は何十年にもなる長期のご契約でして、その長期に亘っていかなることがあってもお客さまにお約束した保険金を確実にお支払いしなければなりません。非常に社会的な責任が重い事業です。そのリスク管理を担当しています。

リスク管理は、一昔前まで損失をできるだけ回避して健全性を確保することが目的でした。いまはそこから一歩踏み込んで、うまくリスクテイクを行うことでリターンを得て、さらなるリスクテイクの余力を生み出す、そういう好循環を作り出し、会社の持続的成長を促進するところまでリスク管理の領域は広がっています。統合的リスク管理（ERM）と呼ばれるものです。こうした理由で収益管理も担当しています。

【司会】　
リスク管理で、あえてリスクを取ってリターンを取ることで会社を強くしていく、そうところまで進んでいるのですね。では、国際アクチュアリー会議にて最優秀賞に選ばれた論文の概要をお聞かせください。

【砂本】　
今回のアイデアが生まれるきっかけは、欧州のアクチュアリーたちとの議論でした。2018年にベルリンで開催された国際アクチュアリー会議での発表がきっかけとなって欧州のアクチュアリーたちと議論する機会が増えました。そこに今回のパンデミックが起こりました。2020年3月に世界の株式市場が同時にクラッシュし、その後市場は１年もしないうちに、パンデミックが終息していないにもかかわらず回復しました。欧州のアクチュアリーたちもわたしもなぜだろうと疑問に思っていました。

もうひとつは欧州で始まっていた資本規制です。欧州では経済価値ベースのソルベンシー規制が導入されていて、その規制のもとでは、保険会社が戦略的に株式を保有している場合、5年以上保有することを要件として、資本規制上の株式リスクを本来の半分以下に軽減することができます。パンデミックの大混乱のなか、戦略的に株式を保有している会社はこの規制のために株式を保有し続けるのかという疑問がわきました。

まずはWHOのパンデミックの宣言と同時に起きた世界の株式市場の大混乱とその後の回復過程を分析し、次に日本の株式市場をセクター別に詳しく分析しました。IT、機械、電子機器、精密機器、化学、製薬のセクターが回復を牽引したことはわかっていましたが、分析してみるとおもしろい事実も確認できました。その他製造業、いわゆるゲーム業界も回復を牽引していたことです。

【司会】　
コロナで家に閉じこもっていたからですか。

【砂本】　
その通りです。一方でなかなか回復しなかったセクターも判明しました。鉄鋼、石油製品、鉱業、航空と海運です。ただし海運は2020年の12月にかけて劇的に回復しました。

日本でも2025年から、欧州と同様の規制が開始されます。こうしたセクター別の分析をふまえて、規制が開始された後に、もし新たなパンデミックが起こり、日本の生命保険会社が今回の航空業のような回復の遅いセクターの株式を戦略的に保有していたとしたらどうすればよいかと考えました。危機に対してレジリエントなセクター群を明らかにしたうえで、戦略的株式投資のリバランスについての提言を行いました。これが高評価となったようです。詳しく調べていないのですが、受賞は日本アクチュアリー会の124年間の歴史で初めてのことではないかと思います。

【司会】　
実際に分析された結果を伺ってるとワクワクしますね。高度な知識をもとに分析され、世界中のプロフェッショナル達とコミュニケーションを取ることで、さらにいろんなアイデアが浮かんでくるのでしょうか。

【砂本】　
彼らのツボにはまりそうなものが、議論しているとわかってきます。彼らに、「もし回復の遅い業種の株式を戦略的に保有していたらどうするんだ」と聞いたら、そういう議論はまだないという回答でした。それで、こうしたアプローチは面白いのではないかと考えました。

【司会】　
議論の中で砂本さんが閃いたのですね。すごい目の付けどころですね。

【砂本】　
いえいえ、友人たちのおかげです。国際アクチュアリー会議に提出される論文の合格率は6割ぐらいとハードルが高かったのですが、海外の友人たちと資産運用の経験が長かった弊社の副社長に査読してもらったことで自信を持ってプレゼンできました。

【司会】　
先ほどちょっと見せて頂きましたが、プレゼン資料のグラフには動画も活用されていましたね。会場での反応はいかがでしたか？

【砂本】　
GIFアニメーションを用いて株式市場の混乱と回復を見える化したことが、きっとわかりやすかったのでしょう、会場から大きな拍手を頂きました。

2.アクチュアリーにも求められる、高度な資産運用・デリバティブの知識

【司会】　
アクチュアリーの方が、CMA/CIIAの資格者というのはとても珍しく思うのですが、これまでのキャリアの変遷をお聞かせください。

【砂本】　
入社以来、ずっとアクチュアリーとしてのキャリアを歩んできました。はじめは数理のキャリアでした。保険商品では、お客さまの死亡率や罹患率を想定して保険料率を計算します。実際にお客さまに払う保険金や給付金が想定通りだったかを検証し、悪化傾向が顕著なら保険料を改定し、逆に充分であれば配当金としてお返しします。次は事業統計を担当しました。会社の新契約、解約、あるいは保険金をお支払いした金額、その結果、年末の保有契約高がどうなったか、その見通しはどうかなど様々な統計データを扱いました。その後、決算の担当となりました。

アクチュアリーはバランスシート（B/S）の負債側、つまりこれから払うべき保険金額等を計算し、その現在価値に相当する責任準備金を計算することが主な業務ではありますが、決算業務はそれだけではありません。B/Sの左側も把握して、剰余金をどの程度配当金としてお客さまにお返しするか、ソルベンシーマージン基準を満たし会社の健全性を保つためには、どれだけ自己資本を積み上げればよいかという計算もします。そうした立場となると、改めて資産運用面の知識が自分には不足していると感じるようになりました。というのも、当たり前のようにデリバティブを使ってリスクヘッジしますから。それでCMAの勉強を始めました。

【司会】　
だからですね。なぜアクチュアリーの方がCMA/CIIAを取得されたのかと疑問に思っていました。

【砂本】　
私のように業務上の必要性からCMAを取得しているアクチュアリーは結構いると思います。私は部下にCMAの取得を勧めています。CERAというリスク管理の国際資格の取得も部下には勧めていますが、その前にまずは資産運用面の知識を強化すべくCMAさらにはCIIAを取得するように勧めています。アクチュアリーのなかには変額年金のような投資性保険商品の開発を担当する人もいて、そのようなアクチュアリーにとっても資産運用の知識は必須です。

【司会】　
以前インタビューした保険コンサルタントのCMAの方も、変額年金のセールスにCMAの知識が役に立ったという話をされていました。ところで、アクチュアリー/アナリスト、両者とも確率統計を使ってリスクを評価するところは同じように思えるのですが、違いは何でしょうか。

【砂本】　
バランスシートの右側にいるか、左側にいるかの違いだけで、どちらもリスクとリターンを評価するプロ集団という意味では同じです。

3.暗記力ではなく問題解決能力が問われるCIIA試験

【司会】　
生命保険会社でアクチュアリーとして活躍される上で、CMA/CIIAであることのメリットはありますか？

【砂本】　
これは改めていうまでもないことですが、資格を保有すること自体のメリットではなく、資格取得のための勉強による、そして資格取得後の自己研鑽によるメリットです。具体的には高度な資産運用の知識、デリバティブの知識や、問題解決能力です。特にケース形式の思考訓練は有益でした。「いま何が起きているか知っていますか？それに対してどう考えますか？さらにこういうことが起きたらどう考えますか？」を問う試験というものに慣れておらず苦労しましたが、しかし非常に有益でした。

【司会】　
CIIAは過去問を勉強しても点数がとれないと聞きました。CIIAのスタディガイドには、暗記的な内容ではなく、事例を通じて分析評価や説明力を問う試験だと書いてあるのですが、実際に受験された立場から見てもそうなんですね。

【砂本】　
CMAは比較的容易に合格できましたが、CIIAはそうはいかなかった。覚えるだけではなく考える力が求められました。常に現実の世界で起こっていることにキャッチアップしてしっかり考えないと解答できないような問題が出題されますから。

4.登山と同じ。過程は苦しいが知識がつくほど、景色は広がる。

【司会】　
砂本さんがアクチュアリーとして、多くの実務経験を積まれた、その素養があったからこそ、新しい知識も加わって、斬新なアイデアが生まれたのですね。

【砂本】　
そう言っていただけると嬉しいですが、多分専門職と言われる方は同じ考えと思うのですけど、知識が増えれば増えるほど、陳腐な言い方だが登山と同じで、見渡せる風景が広がっていく。これが楽しいんです。登山は苦しい。しかし見えてくる風景がだんだん広がる。その楽しさがあるからこそ、頂上を目指して登り続けるのではないでしょうか。

【司会】　
わかります。今まで気づかなかったことに気づけることは、すごく楽しいですよね。

【砂本】　
欧米の友人たちが愛読していた「Options, Futures and Other Derivatives」※という有名な分厚い教科書があって、ずっと読もうとしていたのですが歯が立たなかった。でもCIIAを取得してからは読めるようになったんです。彼らと同じバックグラウンドで議論できるようになったことは本当に嬉しかった。ベストセラーの本というのは内容がこなれていて素晴らしいので、それを読むための足腰を鍛えてほしい。これもぜひみなさんにお伝えしたいですね。

【司会】　
砂本さんのようにCIIAへのチャレンジを検討している方に向けて、メリットや、あるいはどんな勉強をしたらいいかのアドバイスをお願いします。

【砂本】　
プロとしてひとかどの人物になろうとすると、プロ同士の対話の機会が出てきます。そこでは上には上がいるとつくづく感じます。そういう方とお話して、自分はダメだと思うのではなく、こうなりたいときっと思うはずです。そのためには、CIIAのプログラムはいいですよ。このシラバスは非常に良くできていると思います。

【司会】　
ありがとうございます。

【砂本】　
そうやって基礎的な足腰を鍛え、専門書を読む力が備わり、さらにはさっき申し上げたケースでの思考です。このケースがアンテナを磨き感度を高めるのに役立ちます。グローバルに資産運用やリスク管理の世界で働く方たちは、感度が非常に鋭い。世の中に何が起こっているかを見極め、それに対して直ちに反応できるぐらいの鋭いアンテナを持っていないと仕事になりません。その感度の鋭さは一体どうやって修得するのかというと、さきほどのケースによる訓練です。いろいろなポケットを持っていれば、それを現実の世界と照らし合わせて、自分のポケットの中から対応できるものを出して組み合わせ、こうやっていけばいいという解決策を導き出せます。この問題解決能力が備わってくれば、プロとしてひとかどの人物になれるのではないでしょうか。

【司会】　
今の砂本さんのお話で、自分もCIIAを勉強したいと思う方がたくさん出そうですね。砂本さんの今後の夢を聞かせていただけますでしょうか？

【砂本】　
日本アクチュアリー会では投資理論委員会の委員長を務めています。アクチュアリーでありながら、投資の分野で働く方が結構いて、彼らは海外でも通用する抜群のセンスを持っています。しかし上手くまとめて伝えるという点ではまだ少し経験が足りませんので、それを応援したいと思います。自信を持って海外で活躍できる人を育成していきたいと思います。

もう一つの夢は、今回のシドニーと同じ国際アクチュアリー会議が、2026年に東京で開催されます。日本人として、ホスト国としての存在感を示したい、日本アクチュアリー会がたくさんのプレゼンを行い、世界中から日本はすごいと言われたい、そんな人材を作りたいと思います。これには会社という垣根は全く関係ありません。アクチュアリーのプロをたくさん育てていきたいと思います。これが私の今の夢です。

【司会】　
日本アクチュアリー会のサイトを拝見しましたが、伝える力が大事だと書いてありました、なぜでしょう？

【砂本】　
専門家同士が専門用語で対話することは簡単です。お互いに共通のバックグラウンドがありますから。でも専門家はあらゆる利害関係者に対して、つまり専門知識がない人に対してもわかりやすく説明できなければならない。それが難しい。特に数学が大好きだった人は、ロジカルな会話は得意ではあるけど、わかりやすく熱い思いを伝えるというのに慣れていない。2006年パリで開催された国際アクチュアリー会議で発表する際にアメリカ人の友人にプレゼンの方法を聞いたら原稿を正しく読むだけのプレゼンは面白くない、動き回って熱く語れと言うんです。

【司会】　
確かに。Appleのスティーブ・ジョブズもそうでしたね。

【砂本】　
サンデル教授もそう。原稿を正しく読むだけのプレゼンでは熱い思いは伝わらないと思い、国際アクチュアリー会議のプレゼンでは動き回りこそしませんでしたが、熱く語り笑いをとるようにしました。

【司会】　
プレゼンでの大事なポイントですね。

【砂本】　
今回の大会での私のプレゼンはGIFアニメーションがよかったようです。伝える力は大事なので、こうしたプレゼンテーション力も若手に伝授したいと思います。

【司会】　
記事をご覧の皆様に、アドバイスやエ―ルをお願いします。

【砂本】　
CMAも苦労して取られたと思いますが、CIIAもぜひチャレンジしてください。さきほどの登山の話ですが、視野が広がって楽しくなります。山登りのごとく、到達するまでの苦しさはありますが、同じ目線の高さで、高度な議論ができるようになり、それはもっと楽しく、エキサイティングです。そうすると自分の専門職としての幅も深さも広まって、みなさんのキャリアにとって絶対プラスです。強くおすすめします。私もまだまだなので学び続けます。一緒に頑張りましょう。

※「Options, Futures and Other Derivatives」by John C. Hull

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